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160215『15年の実験履歴 〜私的な感謝状として〜』横浜

手塚夏子「15年の実験履歴」、STスポット(横浜)2回公演。
「15年の実験履歴」のシンガポール国際芸術祭での公演の記録ビデオと「私的解剖実験-6」のダイジェスト版上映。





150612 長者町アートプラネットChapter2 フェローシップ企画vol.2

2015年6月12日(金)〜14日(日)に市原幹也氏がディレクターをされている長者町アートプラネットChapter2という所で、連続ワークショップと記録映像上映を行います。また、現在上演中の山縣太一氏作、演出、振付け作品のアフタートークを12日の夜に行います。
http://stspot.jp/schedule/post-158.html
合わせてよろしくお願いします。また、私のダンス作品の記録映像に太一氏が出演してるものもあり、両方みるのも面白いかなと思います。彼の公演と私の企画は近所だし時間もズレているので両方楽しめますよ〜。ぜひ。

▼手塚夏子 連続ワークショップ
2000年頃からの「私的解剖実験シリーズ」では、体を観察したり、人と人との関わりを観察し続けることでダンス作品を作ってきました。このシリーズはまだまだ続けますが、ここまでのプロセスを丁寧に振り返ることで、手法の変化を実感できるワークショップにしてみます。ダンスだけでなく様々なこと(演劇とか音楽とか体そのものとか)に興味のある方もぜひ遊びに来て下さい。
・開催日時
6月12日(金)14:30〜16:30
         プログラムA「体の観察をしてみよう」
        17:00〜19:00
         プログラムB「空間を変えるくらい体の状態を変えてみる」
6月13日(土)18:30〜20:30
         プログラムC「 日常の動きをトレースしたり、
                日常の動きが生まれる瞬間をつくってみたりしよう。」
6月14日(日)18:30〜20:30
         プログラムD「内発的な体を発見して歌を歌ってみよう」
・料金
1コマ2000円 3コマ以上受講して下さった方5000円
※連続でもひとコマだけでも十分楽しめます〜。

▼手塚夏子『私的解剖実験シリーズ』記録映像耐久上映会
「私的解剖実験」から「私的解剖実験地図」も含め「私的解剖実験−6 〜虚像からの旅立ち〜」までのシリーズ全作品、間の関連作品「プライベートトレース」などなどの長編も全編そのまま見ていただきます。
・開催日時
6月13日(土)〜14日(日)10:00〜15:00
 ※上映後もひまな人はその場でおしゃべりしましょう
・料金
1000円チケットで2日間出入り自由
ただし、張り付きで寝る事なく全編見て下さった方には料金をお返しします。
【申し込み】
gaburieriza.fanky@gmail.com(羽太)
【お問い合わせ】
natsukote@gmail.com(手塚)
070-5550-9321
【会場】
長者町アートプラネット
http://artplanet159.web.fc2.com/index.html
 〒231-0033
 神奈川県横浜市中区長者町9-159

 アクセスについて http://artplanet159.web.fc2.com/about.html_

協賛 Chapter2運営委員会

140312 民俗芸能調査クラブ 自分の発表について


3月12日と20日に民俗芸能調査クラブの「実験発表会」を行いました。5人のメンバーが発表してくれてとても充実した内容になりました。今回はひとまず自分の行った実験について書いてみました。

1)みんな同じ 
現代を生きる私たちが漠然と感じている閉塞感の正体はなんだろう?それは、システムに埋め尽くされ、均一な消費活動、均一な行動様式の繰り返しの中で生きているせいかもしれない。均一な行動は「みんな同じ」ことを無自覚に選択しているか、あるいは選択せざるを得ない空気が存在するということかもしれない。その空気をなんと呼べばいいのだろう?

2)「統一」と「共有」の違いとは?
そういった問いから、「みんな同じ」ということを、「統一」された何かと考えるか、「共有」と考えるか、という次の問いが生まれ、「統一」と「共有」の違いについて考えるに至った。日本における西欧近代化以降に翻訳語として入って来た「共有」は、「個人」から見た関わりの在り方として、重なっている部分を指す、というような意味合いになってくるが、古くからある民俗芸能は、まず関わりを主体にして個々人を見る視点において、意識することなく「共有」する身体感覚を持っていたのだと思う。例えば、村の信仰や村の先祖の存在、死後や冥土や超自然に関するイメージを、人々は潜在意識で共有していたに違いない。そしてその共有を元に長い時間をかけて芸能が立ち上がったり伝搬したりしてきたのだと考える。人と人の間にある何かがまずあって、それを媒介として人々は生きているというようなコミュニティーだったのではないだろうか?たとえば、死んだ者がどのような経緯をたどって、どこに行くのか?というイメージや、鬼、獅子、森羅万象八百万の神々など…。

3)快のある拮抗によって共有が深まる
「違いを共有する」という言葉もあるように、共有は、違いやズレも許容しながらその間に漂うものにむしろ包まれているような感覚で、そういった「共有」は人と人、人と自然、人と鬼、邪悪なものと神聖なものが拮抗しつつ共に生きるような状態とも言える。拮抗することによって、共有の深さも増すように思う。例えば、花祭りの最後近くに、湯囃子といって見ている人々に沸いている湯をばしゃばしゃとかけるシーンがあり、また、修正鬼会(しゅじょうおにえ)では、鬼の目餅と呼ばれる2枚の鏡餅がまかれ、群衆が殺到し、鬼は餅を拾った人を追いかけ回すというようなシーンがあるが、現代では望んでしないような、濡れたり熱かったり痛かったりするような状況を作りだすのは、ひとつの拮抗状態を立ち上げていると言えるように思う。そういった場合の拮抗には「快」があるのではないだろうか?自分も実際にそこに立ちあうと、人々はみな、驚き困惑しながらも、あきらかにそれを望んでそこに立ち会いつつ、何とも言えない共有感が漂う。綱引きや、相撲が神事として行われるのもそういった理由かもしれない。

4)実験その一
さて、そのような過程のもとに実験を行った。内容は、一枚の紙に、あるテーマを設定し、そこに立ち会った人々全員で一つの絵になるように描いてもらった。テーマは例えば「横浜」「海」「未来」などである。
紙にそれらを描いていく間、人々は無意識に描く内容を周りの雰囲気とある程度同じようにしようとしたり、描くモチベーションや、量も、均一になるように気を使ったりする。そのあと、自分の描きたいように描くように指示を変え、描いているものが気に入らなかったら人のものでも勝手に手を入れて、テーマから逸脱しても構わないと告げる。しばらくすると、少しずつその空気感が変わってくる。わがままさや、そこに居る人々にぶつかって行くような瞬間やちょっとしたケンカや(絵の中での)エネルギーの伝染や、そういった別のことが起きてくる。そして僅かだが拮抗するような状態が生まれ、あきらかに絵の内容は変化する。それは見る人の主観によるだろうけれども、かなり強い印象の絵になっていく。

5)実験その二
もうひとつは、無意識のレベルで見立てたもののイメージを共有してみようという「見立て」の実験を行った。 色のついた紙をいくつかの図形にして、それらが何に見えるか?何に見立てることができるか?対話をし、その見立てを使って願いを表現してみた。たとえば黒い三角形は男性トイレのアイコンのようで、「男」。黄色い四角形の内側に四角形の穴があいた図形は、明るい印象で「誕生」、というように。図形は、固定した意味である間は、皆同じ意味として扱うという程度に過ぎないが、一つのアイコンに別の意味が付加されたり近い意味に膨らんだりすることで、それらの奥にあるイメージを手探りする感覚を共有できるようになっていった。

6)結び 
二つの実験を通して、現代の私たちが、かつての共有のあり方をもう一度学び直すことは可能だし、「統一」されていく流れから別の生き方にシフトできる一つの可能性ではないかと強く感じた。ただ、それをコミュニティーから逸脱したマイノリティーとしてのアーティストである私自身がどのような方法で場を開いて行けるのか?そこは本当に難しいし、これからの試行錯誤が不可欠だ。


121222 私的解剖実験−6 〜虚像からの旅立ち〜



私的解剖実験-6 〜虚像からの旅立ち〜

振付|手塚夏子
演奏|カンノケント
出演|若林里枝/捩子ぴじん/大澤寅雄/萩原雄太/手塚夏子

音響|牛川紀政 照明|中山奈美 舞台監督|原口佳子
助成|公益財団法人セゾン文化財団
共催|ST Spot
提携|ArtTheater dB Kobe/art space tetra

福岡公演

art space tetra
福岡県福岡市博多区須崎町2-15 092-262-6560
2012年12月22日(土)19:00
     23日(日)15:00/19:00
前売 2000円/当日 2500円(1ドリンク付)
宣伝協力|NPO法人コデックスCo.D.Ex

横浜公演

ST Spot
神奈川県横浜市西区北幸1-11-15横浜STビルB1 045-325-0411
2013 年1月13日(日)19:00
       14日(月・祝)15:00/19:00
前売 2500円/当日 2800円

神戸公演

ArtTheater dB KOBE
神戸市長田区久保町6丁目1番アスタくにづか4番館4階
078-646-7044 info@db-dancebox.org
2013年2月3日(日)15 :00
      4日(月)20:00
前売 2500円/当日 2800円

※各回の開場は開演の30分前です。

全公演共通で右欄の予約フォームからご予約できます。また、各会場ごとのメール・webフォームでも受付けております。公演日時、お名前、ご連絡先携帯番号を送っていただくようにお願いいたします。
福岡公演|art space tetra(くはの)
横浜公演|ST spot(webフォーム)
神戸公演|ArtTheater dB KOBE

手塚夏子|ダンサー/振付家

1970年横浜生まれ。自身の体を素材とし実験する作品『私的解剖実験』シリーズを制作。一貫して身体の観察をし続ける中で、自分の身体が世界の物事や人々に反応し続けている、つまり関わりが身体を作るのだという実感を得る。以来、関わりを観察する作品に転換。その延長線上で、今、世界で起きている事はいったいなんなのか?どのような感じ方で世界を見る事が出来るか? という問いを作品化し続けている。ニューヨーク、オーストラリア、ベルリン、ポーランド、インドネシアなどの国々で様々な企画に参加し、2010年から、日本を中 心にアジアの民俗芸能を調査している。311を経験した今、内発的な身体のあり方や、身体がメディアであることの大切さについて深く考えている。

カンノケント|音楽家/Tabla 奏者

北インドの打楽器 “ Tabla” を U-zhaan、Zakir Hussainに師事。CM音楽やTV番組、フィルムなどでの演奏、また、舞台作品や国内外のフェスティバルでの演奏/ 作品制作、楽曲提供。ライブサポートも多数、不定期プロジェクトに(Tabla Dha, Tebla)。近年の主な共演者として小山田圭吾、飴屋法水など。また、近年、ダンス作品制作に多く携わり、音楽の側から作品に光を当てる仕事をしている。ダンス作品は共作として小尻健太、山田勇気など。


黒沢美香さんからのメッセージ

一人だけ異常な少女のような狂った人がいて群舞にあってもその子から目が離せないでいた。それが手塚夏子と知り、自分だけの秘密をもったようで興奮したのは10数年前だ。その後、当たり障りない挨拶を交わすようになり、彼女を盗み見ると長いまつ毛と細い首で凛と立っている。キリンや馬や駱駝に似ている。何語でどこから接したらいいのか解らないうちに、いつの間にか夏ちゃんと呼ぶ距離になる。忘れられない出会いは「lonely woman」(2002年)で、これを継起に私達は駆け落ちのように急接近して、デュエット「ある天才少女スミレ」(2003年、2006年)に向かう。その頃も夏ちゃんは「私的解剖実験」を語っていた。夏ちゃん音頭取りでその後「道場破り」(2008年、2009年)に参加の機を得て再会した。この「道場破り」の長い準備期間で上質の贅沢をさせてもらったことが、今も私の宝になっている。私がダンス中で無意識に向かおうとする意識的な操作を、夏ちゃんが掘り起こしては質問して言葉に並べる。私も動きを言語化する癖はあるが、夏ちゃんの言語化は傷やホクロも探知する観察の定義がある。無意識を説明することと、答えるまで追いかける二人会議が本当に楽しかった。何時間もうんうん考える。唸って考えると自然に手が頭を掻く。二人会議が終わった頃には二人とも髪の毛がボーボーに立っていて脳がくらくらして夕方になっていた。煮詰められ裏返され、私はこのしつこい作業がたまらなく楽しくて、使ってない楽器の音を聴いた。こういう入口があって体が動くんだ。夏ちゃんの発見からダンスの技法を教えてもらった。それで私は、夏ちゃんに感心して尊敬している。愛している。ところで今、大規模で不穏な時代に入った。夏ちゃんは過剰に敏感なので、どうしているのか気になる。私達は等身大を晒して、生きている人の代表のように嘘でもする。目撃した人はそれを見て、生きている今を確認する。だから以前よりもっと活発に活動したいと思っている。夏ちゃんに不自然で不必要な体の輪郭を今度の「私的解剖実験」に含めてほしい。臓や皮膜や骨には無言の静止、真空でアラベスク60秒をお願いします。アウトサイダーの枠の場合ではないから、体当たり踊り子に化けることが課題、と私は今考えているところです。船を大きくして皆さんに乗船してもらいたい。その記号がアラベスクという紋切り型です。
黒沢美香(振付家・ダンサー)

福岡から始まった旅も、横浜をを経て、神戸にて無事終了いたしました。 それぞれの土地で立ち会ってくださったみなさま、支えてくださったみなさま本当にありがとうございました。 終わった後、逃げるように帰るすがたはむしろ少なくて、食い入るように見つめて無言で言葉を探す方が多かったのがとても印象的でした。 おそらく、不快に感じた方も多かったと思いますが、快に感じた方もたくさんいて、また、まったく咀嚼できないままの方、もたくさんいたと思います。私たちも、自分たちで捉える事がいまだに難しい部分もある中での終演でした。 どの段階もプロセスであって、今でも何かのプロセスである事がむしろ救いだと感じます。 本当にありがとうございました。つづけて反応をいただけることを望みます。 どこかで、いろんな形で実験を共にしましょう。 手塚夏子

101223 ヨコラボ ’10 ショーイング

ヨコラボ '10 ショーイング 1ーYokoLab '10 (Yokohama Performing Arts Laboratory)

STスポット主催の「ヨコラボ」は、「ラボ20」の派生プログラムとして去年から始まりました。去年、私が「ラボ20」のオーディションを経験したとき、長い目でみて模索できる場があったらもっといいのになあと思ったのが始まりで、提案して始まりました。今年は二年目で、状況も参加者も全く違いますが、それぞれが切実な思いで取り組んでくれています。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ダンス」という言葉が何を指すか、そもそもそういった時点で共通の足場がない私たちは、それぞれに様々な状況の中からダンスの前提を固定してきた。それは、どのようにダンスを始めるか、何に憧れるかによって決まって行く。様々な次元の正しさがあって、それに縛られる。しかし、どのように体が動きたいか、止まりたいか?あるいは何を感じ、どうせざるを得ないのか?という問いの答えは、本人の無意識の領域の奥に潜んでいて、「正しさ」という観念に押しつぶされている事が多い。そういった、潜在的な欲求をどのように引き出し、「良き無自覚さ」を殺さないように(自意識過剰にならずに)、また自分に嘘をつかずに、それらを相対化する自覚的な手法を手に入れる事ができるか?それが私のコースにおける取り組みだ。

そのためにまずやっているのが、「目的意識」を取り除く。例えば、どのような見栄えにするか、表面的なテーマの提示、「衝動」と思い込んでいる演技、それらのすべては、どのように見せるか?という目的意識と言える。「どのように見せるか?」という問題は、潜在的な欲求が鮮明に見えた後に試行錯誤するべき命題だ、と腹をくくることによって、別の可能性が開けてくる。

そうはいっても、必ずと言っていいほど、目的意識に足を取られる。それはなぜか?と言えば責任感からだ。作品として提示するからには見ている人に責任をとらなければならないという気持ちが、はっきり分かるテーマや、見栄えや、「エネルギーの強さ」を提示しようと努める。しかし、それは本人の潜在的欲求から遠い事が多い、つまりリアリティーがない。自分にとってのリアリティーというのを自分で判断するのは実は難しい。そのセンサーをどのように磨くか?ということも、技術の一つだ。

具体的には以下のような取り組みをしている。

1)目的を取り除いて、目の前のどうでも良いことから、リサーチする。無自覚な状態に身を任せてみる。例えば、思いついた事を絵にする。それを観察して、他の物に置き換える。さらにそれを観察してまた別のものに置き換える繰り返し、など。
2)偽の目的意識を作り、それに夢中になることで、道がそれたりしていくことに身を任せる。
3)自分が何を感じているか?どう感じているか?に敏感になる。言語化し、さらにそれを相対化するために、逆の意味に当たる物事をさがしてみる。
4)ある体の状態、ある動きに対して、全く正反対の状態や動きを探す。など、捉えにくい物事を相対化して、配置する。そのことによって別の角度から物事を同時に視る感覚を得る。

私たちは、これらの取り組みによって、個人的な技術を手に入れようとしている。そのためには、責任感を一度取り払って、転ぶ事、恥をかくことを厭わないと腹をくくらねばならない。自転車の運転と同じように。

中間発表は、技術を手に入れようと手を伸ばし、転ぶことを繰り返すことになるだろう。 

自己探索型--ソロ・デュオコース・オブザーバー 手塚夏子

【日程】
 2010年12月23日(木・祝)
  15:00〜 他動振付型--集団創作コース
  16:30〜 自己探索型--ソロ・デュオコース
  18:00終了予定
(開演30分前より開場・受付開始)

【会場】 急な坂スタジオ
 横浜市西区老松町26-1
 会場お問い合わせ先 045-250-5388
 http://kyunasaka.jp/access/index.html 
 京浜急行線 日ノ出町駅から徒歩8分
 JR・市営地下鉄線 桜木町駅から徒歩12分

【オブザーバー】
 手塚夏子(自己探索型) 中村達哉(他動振付型)
【アシスタント】
 光永由佳 高村美郷

【出演】
(他動振付型) 大谷恵理子 岡村泰子 くわはらみちこ 佐久間尊之
        芝崎知花子 田村倫子 鳥塚英玲奈 西村香里 古里春菜 
      星野さゆり 目澤芙裕子 森 潔 優司 横尾ふみえ 吉川千恵

(自己探索型) 植竹素子 佐渡島明浩 篠原 健 
中山貴雄 成川史華 西尾佳織
http://stspot.jp/schedule/-10-yokolab-10-yokohama-perfor.html

101213 We dance 2010



2010年2月13日(土)〜14日(日)
横浜市開港記念会館
http://wedance.jp/2010/
wedance.jp

1917年に立てられた洋風のシャレた建物で、中にはたくさんの部屋があります。それらの各部屋で同時多発的に様々なダンス作品が上演されたり、トークや実験的な試みが展開しました。時間割と地図を見ながら、ウロウロするのはとても楽しいですよね。もっとも出演が忙しすぎてあまり見ることができなかったのが、かなりくやしいです。

私は盛りだくさんでした
●ワークショップ試行と交換の記録 13日の17:30〜、14日の15:30〜

高嶋さんの会で出てきた「置き換え」という言葉が様々な物事を考える鍵となりました。ゾクゾクしました。今後の作業にとってもかなり大きいです。

●クリストフ・シャルル企画の即興に参加 13日13:00〜
「ルール」とは何か、考えるすごくいい機会になりました。外向きに設定される物差し、内向きに作用する枠組み。

●カフェトーク「子連れダンサー井戸端会議」 13日15:00〜
本当にかわいい赤ちゃん達を囲んで、子連れダンサーの3人と出産やダンスと子育ての様々なことを雑談しました。かなりじゅうじつしていました。

●白井剛キュレーション「1 on 1で写真撮影」の部屋で踊る。14日13:00〜
ひとときの時間をお客さんが経験する価値について、こちらが何かを与えるつもりで過ごすのはきっと違うのだろう、私は居るということをどうしたら自分で受けとめられるだろう。

●岸井大輔企画「会/議/体」に参加予定
悩みの内容に対して、自分の出来ることを考え続けるというのが、ルールとして凄くいいですね。アドバイスではないところがミソですね。

★★★★プレ企画 長いプログラムご参加ありがとうございました!


アーティストが何かを見いだそうともがく姿そのものが、参加者の前にさらされました。
ジャンルを越境しアーティスト個々を超えて共有する問題意識によって、プログラム全体を横断するキーワードが次々に現れました。

051016 横浜トリエンナーレ ダンスパフォーマンス

横トリでは、10月16日と29日に踊った。二日とも、雨が降るかどうかというような天気だった。雨の中で踊ってみたいという気持ちになっていった。身近なアーティスト達と息子が稽古相手になってくれた。

16日の一回目は少し緊張した。ナカニワの海側でひとり踊った。雨は結局あがったけれど、真っ白な雲が空を覆って、私は不気味な佇まいで風に吹かれた。現場に着くと何人かすでに待っていてくれたが、お客さん達はかなり遠巻きに見守っていた。被った紙袋がカサカサ鳴った。紙袋を外したら、風に飛んでいった。私の体をダンスモードからフェイドアウトさせながらお客さんを置き去りにして消えていく。フェイドアウトの感覚が不思議と気持ちよかった。

2回目は室内だった、ミョンフィさんとアベマリアさんと至近距離で踊ったので、事実上絡んでいるような形になった。何も決めていなかったが、私だけ間違えて3分ほど早く踊り始めてしまったので、私のソロから始まったような感じになってしまった。石川雷太さんと松本じろさんの音が以外と大きく、体は何も考える前に勝手に反応しはじめて、自分では何も出来ない状態だった。アベさんにしても刺激が大きくて逆に私の体はフリーズしたように身動きがとれない。ミョンフィさんは、私と全く別のいかたで踊っていたが、手が触れて何某かの感情が私の体を駆けめぐったようだった。その衝撃の余韻でしばし踊った。

29日は4回も踊ってしまった。中村公美とたかぎまゆちゃんも同日パフォーマーだ。

1回目はハトバとセンタンの角の所でソロを踊った。程良く晴れて、海がとてもきれいだった。柔らかくただそこに居るだけで、体の中はゆっくり流転するように水や空気や人々と触れあえればと思った。眩しかったのと風が思いのほか強かったので少し現実に引き戻されそうにもなった。屋外になれていないなーと思う。最初見てくれてた人数が4分の1くらいに減ったけれど、深い眼差しに支えられ気持ちの良いひとときの経験だった。

2回目はハトバのカフェ前で、まゆちゃんの作品の置物と化してただただ、そこに突っ立っていた。しかも袋を被っていたので、もう袋を吹き飛ばされないよう必死。もちろん何も見えない。音だけが頼りで、まゆちゃんの足音と時々笑い声や拍手があったので、様子をうかがっていただけだったけど、不思議な時間だった。

3回目はソロで、ナカニワを端から端へと往復した。その時幸運にも小雨が降っていた。青く塗られた渡り廊下を背にしてセンタンの方を向いて立ち、赤い傘をさした。雨の匂いがかぐわしい。美術作品である電話ボックスの隙間から、細く海が見える。私の行く細い道を指し示しているようだ。ざわめきと雨音が混ざっている。雨の音が人々の声や物音を吸い込んでラジオのノイズ音みたいだ。実際私の体が、ラジオの受信アンテナのように歩くたびに微妙にノイズが変化する。音だけでなく空気も匂いもエネルギーも微妙に変化し続ける。私は透明なただの入れ物のようにただそれを受信する。センタンまで辿り着くと、そのままの向きで後ずさりする。背中の指向性をうんと強く持つように注意する。目の前の景色は思い出のように遠ざかっていく。人々の視線や意識が体に線を描いて向かってくる。手が重くなる。傘を手放す。雨はもうほとんど上がっている。傘の鮮烈な赤が、思い出に衝撃的な感情を残すようにいつまでも目の端で燃えている。長い時間、往復45分もかけて青い渡り廊下のところへ辿り着く。その瞬間はあっけなく、青い鉄板がコツンと音をたてて私の踵をたたく。そしてゆっくり我に返ると、遠くから心を寄せてみてくれていた人々の意識がはっきりと感じ取れる。うれしかった。

4回目は室内で、中村公美とまゆちゃんと同じ場所で踊る。どうやって居ようか迷いがあった。普通に歩いたりするところから始めた。何か新しいことを試したかったけれど、一回スイッチが入ると、体がフリーズしたように固まってしまう。そうすると余計なことも頭に浮かんでくる。それが余計に体を動かなくする。体の中では激しくどもりがある。私の中の何かが過剰反応し、また別の何かが考えすぎていて、また別の何かが動こうとしている。美術作品や二人のダンサー、情報が多くなるほど混乱する。しかし混乱したときは、その時を生きるしかあるまいと、その滅多にない経験を味わった。